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東京地方裁判所 昭和39年(特わ)397号 判決

被告人 玉枝こと小林皓平

大五・七・一〇生 踊り子

主文

被告人を懲役二月に処する。

未決勾留日数のうち右刑期に満つるまでを右本刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、常習として、昭和三九年七月二八日午前一時五〇分ごろから同日午前二時〇分ごろまでの間東京都台東区竜泉寺町二〇八番地附近路上において女装をしたうえ、不特定の通行人をいわゆる「おかま」の客とするため、通りがかりの通行人に向つて二、三歩走り寄つたり、附近をうろついたりし、もつて公共の場所において、不特定の者に対し、売春類似行為をするため、公衆の目にふれるような方法で客待ちをしたものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」(昭和三七年東京都条例第一〇三号)(以下単に「条例」という。)第七条第二号の「客待ち」行為に関する規定は、その構成要件がきわめてあいまいで明確を欠き、ささいな行為をあいまいな構成要件規定をもつて処罰しようとするもので、憲法第三一条に違反する旨の弁護人の主張について。

(一)  条例第七条第二号において禁止する「客待ち」行為が、「公共の場所」における「公衆の目にふれるような方法」による「売春類似行為をするため」の「不特定の者」に対する「客待ち」行為であることは、その規定の文言自体に徴し明らかである。

(二)  「公共の場所」とは、道路、公園、広場、駅、空港、ふ頭、興行場その他の公共の場所を指称し(条例第二条第二項)、不特定かつ多数の者が自由に出入し、または利用することのできる施設または場所をいうものと解すべく、「客待ち」行為を場所的に限定する概念として明確であるということができる(売春防止法第五条第二号、軽犯罪法第一条第一三号参照)。

(三)  「売春類似行為」とは、男子が対償を受けまたは受ける約束で不特定の男子と性交類似の行為をすること、いわゆる男娼行為(「おかま」)をいうものと解するのを相当とし、「売春類似行為をするため」のものとして、「客待ち」行為をその行為主体の目的により限定する概念として明確であるということができる。

(四)  「公衆の目にふれるような方法で」とは、一般人の目にふれるような方法、手段を用いることをいい、「客待ち」行為が不特定または多数の者が覚知することができるような方法、手段によりなされることを要する趣旨であつて、かならずしも「客待ち」行為が現実に不特定または多数の者により覚知されることを要するものではないが、行為者の服装、姿態、動作等の外形的に認識することのできる方法、手段によりなされることを要するものと解するのを相当とする。

もともと、条例第七条第二号において「売春類似行為をするため」の「客待ち」行為を禁止する趣旨は、「売春類似行為」そのものが反道徳的な行為であることに着目したものではなく、もつぱら都民生活における善良な風俗環境の悪化を防止するため、「売春類似行為をするため」の「客待ち」行為のうち公然行為だけを禁止の対象としたものと解すべきであるから、条例第七条第二号に規定する「公衆の目にふれるような方法」とは、「客待ち」行為の方法、手段の前記のような公然性をいうものと解するのを相当とし、その限度において、「客待ち」行為をその方法、手段により限定する概念として明確であるということができる。

(五)  「客待ち」とは、自ら「売春類似行為をする」意思のあることを表示して、相手方となる者の申込を待つ行為をいい、自ら「売春類似行為をする」意思を有することおよび相手方となる者の申込を待つ行為のほか、さらに、自ら「売春類似行為をする」意思が表示されることを要するものと解するのが相当である。もともと、「待つ」という行為は、その行為の性質からいつて受動的でありかつ日常一般の生活現象としてみられるものであつて、「客待ち」についていえば、その行為の態様は、相手方となる者の申込があることを望み、頼みとして時間を過ごすということにとどまるのであるから、「客待ち」にあたる行為とそれ以外の「待つ」行為を区別して「客待ち」行為だけを処罰の対象とするにあたつては、「客待ち」行為とそれ以外の「待つ」行為とを外形的に識別できるような概念規定を用いることが憲法第三一条の法意の要請するところである、と考えられるからである。

(六)  従つて、条例第七条第二号において禁止し、第八条において処罰の対象とする「客待ち」行為は、前述した趣旨において、自ら「売春類似行為をする」意思を有する者が、道路その他の「公共の場所」において、服装、姿態、動作等の外形的に不特定または多数の人が覚知することのできるような方法、手段を用いて、その意思を表示して相手方となる者の申込を待つ行為をいうものと解するのが相当であり、その限度において、処罰の対象となるべき行為を規定した構成要件として明確性を有するものということができるから、弁護人の前記主張は採用しない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭和三七年東京都条例第一〇三号)第七条第二号に違反し第八条第二項に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、所定刑期の範囲内で被告人を懲役二月に処すべく、刑法第二一条により、未決勾留日数のうち右刑期に満つるまでを右本刑に算入し、訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項但書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 西村法)

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